春と桜と、私ひとり。

今日は久しぶりに、ぽっかりと予定のない一日。月末だけど、シフトの関係でたまたまお休みになった。これを逃す手はない、と朝から鼻歌まじりで布団を抜け出した。とはいえ、寝起きは毎回ガタピシしている。まず腰をポキン、膝をミシミシ、そして「あれ?あたしの足どこいった?」みたいな感覚と戦いながら、ようやく洗面所へ。50代、身体の目覚めは時間差なのだ。

顔を洗いながら鏡を見ると、そこにいるのは、寝ぐせと寝跡のコンビネーションが美しい“朝の私”。ふふ、まあこれも自然美ってことで。いつものように軽くストレッチをして、朝ごはんは簡単にトーストとゆで卵。そして思いついた。「今日は桜を見に行こう」と。

仕事柄、なかなか自分のための時間がとれないこともある。日々、利用者さんと接していると、季節を感じるのは壁のカレンダーか、食堂に飾られた造花くらい。でも、せっかくの休み。しかも今日は3月31日。春の入口であり、年度の終わり。こういう日は、何かにけじめをつけたくなる。

手早くお弁当をこしらえた。おにぎりを2個、卵焼き、冷凍庫から救出したブロッコリー、それからデザート代わりのチョコを忍ばせて完了。こういうとき、一人暮らしの気楽さが光る。好きなものだけ詰めればいいんだもん。文句を言う人もいなければ、取り合いもない。なんて平和。

行き先は、近所の川沿いの桜並木。知る人ぞ知る穴場スポットで、ベンチも多いし、売店のソフトクリームが絶品なのだ。今日はスニーカーで、軽やかに…といきたいところだけど、なぜか歩き始めて5分でかかとに違和感。はい、靴下がズレてる。地味なストレスと戦いながら、でも景色はどんどん春めいてくる。気温もちょうどよく、風が気持ちいい。

川沿いに着いた頃には、桜がちょうど7分咲き。満開の少し手前というのが、なんとも好みだ。花びらがちらほら舞い始めていて、そのたびに「あ、今、詩的な私が生まれてる」と勝手に浸ってしまう。詩人にでもなったつもりで、「花の命は短いけれど、腰痛は長引くのよね…」なんて、誰にも言えない一句を脳内で詠んでみたりして。

ベンチに座ってお弁当を開く。青空と桜をおかずに、おにぎりがうまい。誰かと食べるのも楽しいけど、ひとりごはんもなかなか悪くない。口の中の梅干しの酸っぱさに目を細めながら、「あ〜、なんか生きてるって感じ」と思った。たまにこうして、誰にも気を遣わず、自分のペースで桜を見るのも大事なことだ。

ベンチの向かいでは、小学生の男の子がスマホで必死に自撮りをしていた。たぶん「映え」狙いなんだろうけど、背景の桜より本人がメインで、もはや誰の季節なんだか分からない。でもその姿を見て、なんだか元気をもらえた。私も次のシフト前に、髪くらい切りに行こうかな。

1時間ほどベンチで過ごし、少しだけ昼寝もして、そろそろ帰ろうと腰を上げたら、足がしびれていた。どうやら、自然に癒やされすぎたらしい。ふらつきながらも、なんとか立ち上がって歩き出すと、空に一筋の飛行機雲。なんて映画的な演出。ここで誰かに手を引かれる…なんて展開は一切ないけど、それでも私はひとりでちゃんと立ってる。

帰りにスーパーで、特売のいちごを見つけた。「私、今日がんばったから」と意味不明なご褒美理由をつけて即購入。お会計のときにレジの若い子が「今日はお花見ですか?」と聞いてきたので、「ええ、一人花見。お供は梅干しと風」と答えたら、ちょっと笑ってくれた。なんだか、それだけで嬉しい。

家に帰って、靴を脱ぎ、いちごを洗って、一粒つまむ。甘い。しみじみ甘い。窓から差し込む光の中で、ひとり座っているこの瞬間が、とても愛おしい。寂しさではなく、静けさ。誰にも邪魔されず、自分の気持ちにちゃんと耳をすませられる時間。そういうのが、いちばんの贅沢かもしれない。

介護の仕事は、正直、心も体も疲れる日が多い。でも、利用者さんの笑顔や、ふとした一言に救われることも多い。だからこそ、こういう自分の時間がとても大事だし、こうして季節を感じられるだけで、また明日からがんばれる。

桜はまた来年も咲くだろう。でも、来年の私は、今年と同じではない。年齢も、考え方も、たぶんちょっと変わってる。だからこそ、今の私が見た桜を、ちゃんと覚えておこうと思った。写真なんかじゃなく、心の中にそっと保存して。

さて、明日から新年度。職場もまたドタバタが始まる。でも今日は、心に桜を咲かせたから、きっと大丈夫。

春は、忙しくて、ちょっと面倒で、でも最高にやさしい季節。ありがとう、桜。来年も、ひとりで見に行くかもしれないけど、そのときもまた、笑いながら「今年も咲いたね」って言えるといいな。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました