頑張っているのに、誰からも注目されない
報われないと感じながら過ごしているあなたに知ってほしい馬がいます。
その名は「キョウエイボーガン」
キョウエイボーガンは北海道の浦河町にて1989年生まれ、。
G3を1勝G2を1勝しており、生涯獲得賞金は1億以上稼いだ競走馬です。
一億以上も稼いでいるなら大切にされるんじゃない?と思われそうですが、
競走馬の世界は本当に厳しく、毎年9千頭ほど生産されるうち、8割ほどは引退して行き場がないといわれています。
キョウエイボーガンの母「インターマドンナ」は、「テスコボーイ」という有名な馬を父に持つ馬なのですがそれでも
産駒(仔馬)の生み出しが悪いという理由でキョウエイボーガンを生んですぐに廃用になっています。
生まれてすぐに母を亡くしてしまったボーガンですが、その後1991年に中央競馬でデビュー
逃げ馬(先行逃げ切り)として、重賞を勝ち続け4連勝を記録したところで、
クラッシック戦線の菊花賞(G1)に挑みますが、出だしこそ好調だったものの徐々にスピードを落とし16着と大敗。
しかも当時大人気で同じ逃げ馬のミホノブルボンの三冠達成を阻む要因を作ったとして
「あんなくだらない馬がいたおかげでブルボンが!」といわれなき非難を
日本中の競馬ファンやマスコミに浴びせられてしまいました。
その後のキョウエイボーガンは脚の具合が悪くなり長期休養をするが復帰しても全く良いところを見せる事なく1994年ひっそりと引退します。
ライバルだったミホノブルボンはその後種牡馬になりますが、キョウエイボーガンは重賞馬にも関わらず
小柄である事と地味な血統、また人気のなさにより乗馬にもなれず、生まれ育った牧場にも戻れず
母と同じく廃用処分が決まり、食肉用の廃用馬を集めた兵庫県の牧場に移送されます。
あとは出荷を待つだけとなろうという時にその牧場にボーガンのファンだという岡山
?愛媛?の主婦「松本かおり」さんが現れます。
馬の世界を待ったく知らなかった主婦の松本さんは
当時女性誌に掲載された「菊川賞馬」特集の
「母親を失ったキョウエイボーガン」という記事がずっと忘れられず、引退したキョウエイボーガンの行方を捜したといいます。
当時持てるお金として10万円をもって牧場に現れた松本さんはボーガンを引き取りたいといいますが
当時の牧場長に「馬を飼うのはましては素人のあなたが、簡単な事ではない」と拒否されますが
松本さんの熱意に牧場側もおれ、10万円で引き取る事になりました。
それはキョウエイボーガンが「出荷」されるわずか2日前でした。
その後松本さんは、馬の委託料をねん出する為に働き続けますが
高齢になりそれもままならなくなりました。
そこで引退馬協会に相談し、フォスターフォースとして受け入れしてもらい
その後たくさんの里親ができ、松本さん自身もフォスターペアレントとして
キョウエイボーガンを支えてきたといいます。
キョウエイボーガンの生涯はたった一人の主婦により命を繋いだ馬でもあります。
頑張るあなたを見て、応援してくれる人は世界のどこかに必ず一人はいます。
それをキョウエイボーガンは教えてくれました。
晩年のキョウエイボーガンは、牧場へ払う委託料をパートで補っていた主婦も高齢になり、引退馬協会(沼田会長)と協議の上、フォスターフォースとなり
アリサ牧場で静養されます。
コメント